2022年の出生数(全国)は80万人を大きく割り込み、想定より8年早く少子化が進行しているということでクローズアップされている。しかし、人口問題は推測が容易な統計であり、深刻な少子化に向かっていくことは30年前から兆しがあったはずで、20年前には決定的になっていたので、驚くべき事実でも何でもない。失われた30年というのは経済の停滞に使われる枕詞だが、新たな生命が生まれなくなってきた(社会保障はじめ、働く世代のなどを維持できない状態になっていった)という意味でもあるだろう。

失われた30年で未婚率も増加

未婚率の高さは、子どもがいない人の比率と相関する。海外諸国と比べて日本人の女性の50歳時点での子供がいない人の割合が最多(27%)だったとの調査結果もある。

生涯子供なし、日本突出 50歳女性の27% (日経新聞)

男女雇用機会均等法が施行され、女性の社会進出が進んだ時代。その権利の代償が、家庭や子どもを持つことを諦めざるをえなかった、ということだとしたら子供か仕事か、女性は究極の選択を迫られていたのだろうと胸が痛い。

一方で、女性だけが苦しんだということでもなく、男女ともに失われた30年で、雇用就労環境が悪化し、未婚率が連動して増えているとも読める。経済が停滞することは、未来への夢や希望を奪っていくことにつながっているだろう。非正規雇用といった雇用形態だけの問題ではなく、可処分所得が低下していること、現役世代の日本人がじりじりと貧しくなってきたこと、少子化問題においても本質的なポイントの一つ。

子育て罰(チャイルドペナルティー)で少子化は進む

合計特殊出生率、東京都は常にワーストの水準。日本全国から若い世代が集まる都市だからこそ、その責任も重い。

東京都は子どもが産みにくい環境であってはならない。しかし、住宅費用は桁違いに高いし、教育費なども全国平均よりはるかに高額なので、平均的な所得では希望する子どもを持つことを諦めてしまうのが実態。

これらの課題に対して、粘り強く施策を講じていかねばならい。その一部として

都営住宅を結婚する予定の若い夫婦に優先的に割り当てる提案が実現した。(R5年予算にて実施)

私立高校の授業料無償化、塾代支援の所得制限を撤廃していくよう推進していく。

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労働時間が長いと少子化は進む

少子化問題と労働生産性の問題は切っても切り離せない。そもそも結婚して子供を持つ経済的余裕がない、人も多いというのを、最初に紹介したが、二人目三人目と、できれば望んでいても、経済的だけでなく時間的(体力的)に限界なので無理だと感じている人も多い。特に日本の場合は女性が家事と育児を担うことが多く、更に共働きになってきているので、多くの子育て家庭は悲鳴をあげている。核家族化が進んでいる、また結婚しない方が増えているので、高齢の方はこの事実をご存知ない人が多いと政治活動をしていると感じる。世代間の相互理解がもっと必要だ。

出生数の激減を問題視しない人たち

時々、少子化はそれほど問題ない(人口が減ることは悪いことばかりではない)という考えを聞くが、それは働く世代と年金世代が1:1に近づきつつある、医療や年金などの社会保障を支えきれなくなっている、という事実を問題ない、といっているのだろか。おそらく、そうではないだろう。

「少子化問題に取り組むことを後回しせよ、高齢者のためにもっと予算配分せよ」という人がまれにいらっしゃるが、現役世代からの支え(医療費、年金、介護サービスなど)には一切世話にならず最期まで生きて行くという前提でないと、その主張は論理矛盾していることに気づいて欲しいと思う。そんな社会は相当末期ではないだろうか。人口ピラミッドが反転するということは、現役世代が高齢者を人間的に支えることができなくなるということを意味している。また、民族、国力が衰退することを意味している。

私は問題提起と改善策を訴え続けることが政治家としての責務だと考えている。

少子化対策として、待機児童の解消に始まり、産前産後の支援充実、出産に対する経済的支援、結婚支援、妊娠出産への各種取組(現代に必要な性教育、妊娠しやすい時期の普及啓発、不妊治療、不育症)も過去に実施してきているが、今回はそれ以外の経済雇用の面にも目を向けてみた。社会全体で構造変革しなければこの少子化という危機を乗り越えて行くことはできない。